訪問看護

訪問看護の歴史について(明治〜平成まで)

派出看護が訪問看護の原点

1888(明治21)年に看護婦教育所で正規の教育を受けた看護婦が医師や病人のいる家庭からの要請に応じて「派出」された派出看護が、社会における訪問看護の原点と言われています。

その後、「派出看護婦会」を中心に派出される看護婦の数は、病院や診療所に所属する看護婦の数よりもはるかに多く看護婦界の主流を占めていました。

当時、看護婦には資格基準も教育所の指定基準もなく、派出看護婦会が急増する中で、営利目的で速成講習会を開き、未熟な看護婦を派出していた例もあったことから、1900(明治33)年に東京府が「看護婦規則」を発令し、「看護婦試験に及第した者のみが免状を得て看護婦の業を営むことができる」としました。

その後、都道府県各地で看護婦規則が発令され、その活動が1915(大正4)年の内務省令「看護婦規則」の発令につながっていきます。

そうした中、派出看護婦会には教育を受けていない見習いの派出看護婦もおり、1918年に設立された「派出婦会」の台頭などもあって派出看護婦の志望者が激減しました。

さらに、GHQの看護改革により制度上、派出看護婦会が存続できなくなりました。

1920年ごろから、看護職をはじめとした医療関係者が地域に出向き、医療にアクセスできず何らかの支障をきたしている人々を発見し、サービス提供につなげる事業が行われていました。

このような事業に係る看護婦を済生会では「巡回看護婦」、日本赤十字社では「社会看護婦」と呼称し、いずれも病気と貧困に苦しむ人がいる家庭を訪問し、病人の発見や出産の手助け、衛生指導、学校等における健康管理健康に関する調査などを行っていました。

このように、その活動は個別の患者への看護から健康増進・疾病予防を主眼におく公衆衛生活動へと広がっており、訪問看護は近代看護の礎であったといえます。

その後、医療保険事業等の公衆衛生での訪問看護は保健所や市町村で行われていき、1948(昭和23)年に医療法の制定により医療機関の整備がなされていったことから、病院に就業する看護職が増加していきました。

1982(昭和57)年の老人保健法の制定により、療養先に出向いて看護を提供する訪問看護が医療や介護の制度上に再度浮上します。

老後における健康の保持と適切な医療の確保のため疾病の予防、治療、機能訓練などの保健事業の実施について定められた法律で、この保健事業の一つに保健師等が寝たきり高齢者宅へ訪問し行う保健指導や家庭看護指導がありました。

また、老人医療費支給制度を廃止し、高齢者にも一部貝担を求め、のちに1986(昭和61)年の法改正で老人保健施設の創設が盛り込まれ、負担は公平、健康への自覚や適正な受診を促すという趣旨の法律です。

保健事業に組み込まれていた寝たきり高齢者への訪間指導は、開始後5年を経適したところでいくつかの課題が出されています。

訪問回数が少ないことや自治体によって取り組み状況が違い、格差があることから、寝たきり高齢者のニーズに合ったサービスであるのかということや、医療や福祉との連携が不十分であることが指摘されていました。

訪問看護制度の創設

医療機関からの訪問看護は、戦後まもなく聖路加国際病院で行われ、1965年からは京都、東京でも行われており、その活動は少しずつ全国へと広がっていきました。

しかし経費は病院負担であったため、厚生省は老人保健法の老人診療報酬において、初めて訪問看護に係る診療報酬を新設しました。「退院患者継続看護・指導料」は医療機関の訪問看護を評価したものであり、その理念は、入院医療から地域や家庭での医療の転換です。

しかし、この医療機関からの訪問看護もその医療機関を受診しているのが要件であり、保健事業の訪問指導も医療機関からの訪問看護指導も必要な人に十分届く状況にはなっていませんでした。

そこで訪問看護が増えるよう、「病院や診療所が訪問看護を専門に行う看護婦に患者の訪問看護を委託し、病院や診療所の主治医との連携の下で継続的な訪問看護サービスが提供できるような」新しい訪問看護サービスが提案され、また、新たに資格が定められた社会福祉士や介護福祉士と連携をとることにより、総合的な在宅ケアサービスの充実を図る必要があるとして、厚生省では、1988(昭和63)年度から、訪問看護サービス、在宅福祉サービス、保健サービス相互の連携のとれた訪問看護等在宅ケア総合推進モデル事業を開始しました。

このモデル事業が3年間行われ、1991(平成3)年に老人訪問看護療養費の創設と老人保健施設療養費等に係る公費負担割合の引き上げを法律案要綱として、「老人保健法等の一部を改正する法律案」が第120回通常国会に提出、同年秋の121回臨時国会でようや成立し、「老人訪問看護ステーション」が創設されました。